AIにJ-SOXの評価範囲を選ばせました。3拠点で95.7%——その分母は、どこに書いてありますか
本稿の事例はすべて合成データによるものです(社名・数値とも架空)。実在の会社・案件とは関係ありません。この回にEDINET実測は使っていません。
【問い】期初の4月、連結各社の売上高一覧と前期の選定表を並べた、当期のJ-SOX評価範囲の選定案が上がってくる。毎年ほぼ同じ材料で、ほぼ同じ表。ただし、選定理由書の承認欄に名前を書くのは、下書きをした人ではない。この比率で足りるのかを、どこで確かめればよいのか。
【この記事で答えること】連結12社分の合成材料をAIに渡して当期の選定案を作らせ、どこが通ってどこが壊れたかを実行記録で示します(2026年8月27日実施)。そのうえで、承認する側が理由書のどの1行を見れば足りるかを1つに絞ります。
【答え】AIは、一覧表に混ぜた3種類の単位(千円・タイバーツ・米ドル)を3つとも揃え、単位表記を外して渡したケースでも桁のズレと通貨の可能性を自分から指摘しました。検算しなかったのは1つだけ、前期の選定表から引き継いだカバレッジ比率です。分子は内部取引を含む拠点売上の合算、分母は消去後の連結売上高。基準が違うまま当期の数字で「95.7%」に更新され、累計比率の列を4位まで伸ばせば106%になります。ほかに壊れたのは2つ——前期から引き継いだ個別追加の出口(経理責任者の交代を協議に上げない)と、協議事項5件を挙げながら結論の器には留保が残らないこと。選定理由書のドラフトは「評価範囲として十分である」と断定形でした。承認する側が問うのは1つで足ります——「この比率、分母の宣言はどこに書いてあるか」。
⚠️ この回にEDINET実測は使っていません。数字はすべて合成事例(社名も数値も架空の12社)の計算結果で、材料を設計したAI自身が解答した、盲検でない実験です。材料・プロンプト・出力の原文は筆者の手元に保存しています(末尾の参照資料)。
【合成事例】J-SOXの評価範囲の選定案が、承認に回ってきたとします。連結12社の売上高ランキング、上位3拠点の選定、選定理由書のドラフト。一覧表に紛れていた千円・タイバーツ・米ドルは3つとも揃い、換算レートは仮定と注記されている。理由書には「連結売上高92,300百万円の約95.7%をカバーする」。——押しますか。
この案はAIが作ったものです。検算しなかった数字は1つ、前期の理由書から引き継いだ「約96%」——出所はどこにも書いていない。AIはその作り方ごと当期の数字に載せ替えた。同じ3拠点・同じ88,300百万円を消去前の12社合算(121,628百万円)で割れば72.6%。累計比率の列は3位で止まっていた。数字は当期に更新され、意味は点検されていない。
前提 — この工程は、いま誰が何をやっているか
3月決算の上場会社は、期初の4月に内部統制報告制度(J-SOX)の当期の評価範囲を決めます。年1回の仕事です。担い手が何名かの分布は数えていないので、本稿は合成事例——経理企画課の担当1名——を置いて話を進めます。入力は連結各社の売上高・利益・総資産の一覧(連結パッケージから転記)と前期の選定表。出力は当期の選定表と選定理由書。それを持って4月下旬に監査人との計画協議に臨み、CFOが承認します。
根拠のつくりを確認します。内部統制報告書の提出義務は金融商品取引法24条の4の4(法律)。報告書の用語・様式・作成方法は内部統制府令(内閣府令)が定め、府令に定めのない事項は一般に公正妥当と認められる評価の基準に従います(1条1項)。その基準とは、企業会計審議会が公表した「評価及び監査に関する基準」を指します(1条5項)。⚠️実施基準は、府令が名指ししているものではありません。基準・実施基準の最終改訂は2023年4月7日です。
実施基準の「おおむね3分の2」は、この階層のいちばん端——基準でも実施基準の本文でもなく、実施基準(注2)の中に「例えば」で始まる一句として置かれた例示です。しかも2023年4月改訂の意見書は、前文で、この「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことを記載したと述べ、さらに例示の「段階的な削除を含む取扱い」を今後審議会で検討するとまで書きました。実施基準側の書きぶりは、(注2)が「一律に示すことは困難」、3勘定の注が「あくまで例示」。法令でも基準本文でもなく、消えることが検討されている例示——それがこの数字の身分です。
一方で実施基準は、評価範囲の「決定方法及び根拠等を適切に記録しなければならない」と義務の形で書いています。比率は例示、記録は義務です。
AIにやらせてみた
実行日は2026年8月27日。答えたのはAnthropicのClaude——この記事の下書きをしているAI自身で、材料の設計者と同一です。盲検ではありません。価値は出力の当否ではなく「どこで壊れ、人が何を直すか」の記録に置きます。材料・プロンプト・出力の原文は保存してあります。
与えた材料(合成データ)
【合成事例】アルミ加工の製造業グループ「北勢アルミナ工業」。3月決算の上場会社、親会社+連結子会社11社の計12社。社名も数値も架空です。財務数値一覧の抜粋。
| 会社名 | 売上高 | 備考 |
|---|---|---|
| 北勢アルミナ工業(株)(当社) | 48,200 | 単体。うちグループ会社向け売上 約13,600 |
| 北勢メタル加工(株) | 21,400 | |
| 北勢アルミ販売株式会社 | 18,700 | 仕入の大半は当社および北勢メタル加工から |
| KA物流サービス(株) | 9,850 | 売上の約9割はグループ会社向け |
| 青葉軽金属(株) | 812 | 2026年2月株式取得。前期連結PLへの取込は2か月分(通期売上は約4,900) |
| Hokusei Alumina (Thailand) Co. Ltd. | 632 | 単位:百万タイバーツ |
| 鈴鹿金型工業(株) | 2,140,000 | 単位:千円 |
| KAビジネスパートナーズ(株) | 320 | グループ各社の給与計算・経理事務を受託 |
(このほか米ドル建て在外子会社1社、KAエンジニアリング(株)など国内3社。末尾に参考値として連結売上高=外部顧客への売上高92,300百万円。利益・総資産の列には空欄も混ぜた)
前期選定表には2つ仕込みました。第一に、選定理由欄の「上位3拠点の累計86,900百万円は連結売上高(90,600百万円)の約96%」という一文。分子は内部取引を含む合算、分母は消去後の連結売上高——基準が違うのに、出所はどこにも書いてありません。第二に、KAエンジニアリング(株)。2025年3月期に売上計上時期の不備を識別(開示すべき重要な不備には該当しない)したため是正確認の個別追加(2年目)とし、引き継ぎメモに「是正措置の運用に例外事項なし」、ただし「2026年1月に経理責任者が交代しているので、当期の扱いは監査法人に相談のこと」と残しました。
使ったプロンプト(全文)
あなたは上場企業(3月決算・製造業)の内部統制報告制度(J-SOX)の実務担当者です。
添付の【資料1】連結12社の財務数値一覧(2026年3月期実績)と【資料2】前期(2026年3月期)の評価範囲選定表をもとに、2027年3月期の内部統制の評価範囲の選定案を作ってください。
条件:
1. 財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準(最終改訂2023年4月7日)の考え方に沿うこと。
2. 「全社的な内部統制」「全社的な観点で評価する決算・財務報告プロセス」「重要な事業拠点(業務プロセスの評価)」の区分ごとに、12社それぞれの選定・除外と、その理由を一覧表で示すこと。
3. 機械的に決められない判断点は、「協議事項」として別に列挙すること。
4. 4月24日の監査人との協議と、CFO承認にそのまま使える体裁にすること。
【資料1】(貼り付け)【資料2】(貼り付け)
例外のケースでは、この出力に続けて次を投げました。
追加の連絡が2件あります。選定案をどう見直すべきか示してください。
1. 2026年10月に、当社・北勢メタル加工・北勢アルミ販売の基幹システムを HAL-NET から新ERP「HELIOS」に更改する計画が正式決定しました(10月4日切替予定)。
2. 経営企画から、青葉軽金属のアルミ形材事業を北勢メタル加工へ移管する構想があると連絡がありました。時期・実行の有無は未定です。
資料不足のケースは別の会話で、前期選定表も連結売上高も単位表記もなしに、12社の社名と売上高の数字の羅列(「鈴鹿金型工業(株) 2,140,000」「Hokusei Alumina USA Inc. 41.2」を含む)を渡し、「当期の評価範囲の選定案を作り、各社の選定・除外理由を書いてください。機械的に決められない点は協議事項として挙げてください」と書きました。
出力(通常のケース)
監査人協議にそのまま持ち込める見た目の文書が出ました。骨子です。
- 選定方針で、タイバーツ4.2円・米ドル152円という換算レートを仮定として明示し、実務では連結決算で使用した期中平均レートに差し替えるよう自分で注記した。
- 売上高ランキング表を作り、上位3拠点(累計88,300百万円)を重要な事業拠点に選定。「連結売上高(92,300)に対する累計比率」の列に95.7%と付した。その列は3位までで止まり、4位以下は「―」。全社的な内部統制は青葉軽金属を加えた全12社。KAエンジニアリングは「不備是正措置の運用確認のため継続(3年目)」で個別追加。
- 12社別の一覧では、KA物流を「売上の約9割がグループ会社向けであり、外部売上ベースでの重要性は限定的」として除外。青葉軽金属と米国子会社は「×(協議)」つきで除外。KAビジネスパートナーズは「構成比0.3%・僅少」で除外。
- 協議事項は5件(青葉の扱いと選定指標、KAエンジの継続年数、在外2社、物流の外部売上、換算レート)。
- 最後に選定理由書のドラフト。「……連結売上高92,300百万円の約95.7%をカバーする。これは実施基準に例示される『連結ベースの売上高等のおおむね3分の2程度』を大きく上回る水準であり、当社グループの評価範囲として十分である。」
出力(例外のケース)
システム更改のほうは、こう返ってきました。「当期の財務報告は、上期(4〜9月)の取引がHAL-NETを、下期(10〜3月)の取引がHELIOSを通過するため、新旧両システムのIT全般統制が評価対象になります。HAL-NETを『更改予定だから』という理由で評価対象から外すことはできません」。移行統制(データ移行の検証・残高の新旧照合・権限再設定)の追加、旧側は上期に前倒し・新側は稼働後に評価する時期設計、運用期間6か月の短さの共有まで出ました。
一方、時期も実行も未定の事業移管構想には、冒頭の太字で「移管を前提とすると、青葉軽金属を単独で個別追加する必要性は低下します」「個別追加は見送りの方向で整理します」と答えました。段落の末尾には「確定するまでは出力Aの整理(個別追加の要否を監査人と協議)を維持し、状況の変化があった場合には評価範囲を再検討して監査人と協議してください」と正しい留保が付いているのですが、結論の太字が先です。
出力(資料が足りないケース)
一番慎重な出力でした。「鈴鹿金型工業(株)の『2,140,000』は、他社と桁が3桁ずれています。千円単位の可能性が高いため、本表では2,140百万円と仮定して扱います」と述べ、Hokusei Alumina の2社は「社名から在外子会社とみられ、数値が現地通貨(タイバーツ・米ドル)である可能性があります」と指摘し、追加資料の要求リストには「前期の評価範囲選定表(前期に個別追加した拠点や不備の有無が分からないため、継続性の判断ができません)」「連結売上高(外部顧客への売上高)と内部取引の状況(比率の分母をどちらのベースに置くかを決めるため)」が入りました。分母の論点は、材料が欠けているときには言えたのです。
ただし表は出ました。「判定(仮)」の列つきで12社を並べ、米国子会社は記載値41.2を円のまま仮置きした結果、最下位の行で「除外(僅少)」。疑いは文章に書かれ、僅少のラベルは表に貼られる。仮定の上でも、表は表の顔をして出てきます。
どこで壊れたか
壊れ方に名前を付けます。
壊れ方①「分母の相続」。 前期選定表の「約96%」の構造——内部取引を含む合算(分子)を、内部取引消去後の連結売上高(分母)で割る——を、検算せずに引き継ぎ、当期の数字で95.7%に更新した。数字は新しくなったのに、数字の意味は点検されていない。しかもKA物流の行では「外部売上ベースでの重要性は限定的」と内部取引を割り引いた。除外する行に使った物差しを、選定した3社の分子には当てていない。行ごとの理屈は立つのに、表全体の整合は取らない。累計比率の列が3位で止まっていたのは象徴的で、4位まで伸ばせば106%(98,150÷92,300)——矛盾はその場で露見したはずです。
壊れ方②「出口のない継続」。 KAエンジニアリングの個別追加は「継続(3年目)」と正しく引き継ぎ、協議事項に「何年目まで継続するか」も挙げた。しかし、引き継ぎメモの「2026年1月に経理責任者が交代」は選定案のどこにも現れず、「何を確認できたら通常の選定ロジックに戻すか」という外す条件も書かれなかった。継続の事実は写せたが、継続を終わらせる判断の構造は作られなかった。
壊れ方③「留保の沈殿」。 3つの出力に共通します。協議事項は5件列挙され、「×(協議)」の印も、未定の構想への留保も付いた。それでも、結論の器——見出し・表・選定理由書——には断定が入り、留保は本文に沈む。理由書ドラフトは「評価範囲として十分である」と書き、(案)の表記も、承認をもって確定する旨も、協議事項への参照もない。切り出されて回覧されるのは器のほうです。
壊れなかったこと。 3種類の単位を3つとも揃えた(千円の桁ズレ、通貨2種)。換算レートを仮定と明示し、期中取得の青葉軽金属を企業結合直後の拠点として協議に上げ、全社的な内部統制に新規取得子会社を追加した。
ここから先は【推察】です。壊れなかった項目は、いずれも1行の中で異常が完結して見える——3桁のズレも通貨名も、その行だけ読めば分かる。壊れた3つは、いずれも表と表の間にありました。前期表の数字の出所、分子と分母の基準の一致、メモに書かれた人事と選定理由の接続。言えるのはこの並びまでで、「機械は行に強く表の間に弱い」を法則として主張するには、出力3本・モデル1つ・1セッションでは足りません。
人が直した差分
直したのも同じAIですが、指示は「実施基準の原文と合成事例の内訳に当たり直す」観点で出しました。見に行った先も記録します。
- カバレッジの数字(見に行ったもの:実施基準の原文と、合成事例の内部取引の内訳)。実施基準の(注2)は「連結ベースの売上高に対する一定割合ではなく、内部取引の連結消去前の売上高等に対する一定割合とする方法も考えられる」と、分母を2通り示しています。直す前:「連結売上高92,300百万円の約95.7%」。直した後:「内部取引の連結消去前の売上高等に対する一定割合による(同(注2))。12社単純合算121,628百万円(換算レート仮定を注記)に対し、上位3拠点88,300百万円=約72.6%」。連結ベースで言うには拠点別の外部売上高が要り、この一覧からは計算できない——それ自体を理由書に書きました。
- KAエンジニアリングの出口(見に行ったもの:前期の引き継ぎメモ)。理由欄に「是正運用は前期評価で例外なし。ただし2026年1月に経理責任者交代。(i)交代後の体制での期末決算を1回通過、(ii)是正後統制の通期運用の有効性を確認できたら翌期は通常の選定ロジックに戻すことを監査人と協議」。
- 器の状態。判定列を「選定(案)/除外(案)/協議中」に改め、表題に「監査人協議前ドラフト」、理由書冒頭に「本書は協議およびCFO承認をもって確定する」。承認欄に日付列を足しました。
- KAビジネスパートナーズ(見に行ったもの:実施基準の決算・財務報告プロセスの例示と、業務委託の範囲)。売上構成比0.3%でも、グループの給与計算・経理事務を受託する会社は決算・財務報告プロセスの実働部隊。量の僅少で落とさず、全社的な観点の評価にどう含めるかを協議事項に追加しました。
- 未定の構想。見出しを反転:「移管構想は当期の選定に反映しない。実行決定を再協議のトリガーとし、起票者は経理企画とする」。
工程はどう変わったか
作業が消えたのではなく、移りました。どこへ移ったかを、この実験の範囲で書きます(所要時間は測っていないので書きません)。
移った先の一つめは、検算です。 円換算・順位表・区分別の割り付け・理由文の初稿・協議事項の叩き台——ここまでは一度の指示で出ました。合成の依頼メールに書いた経理部長の一文「今年から下書きはAIを使って構いません。ただし数字の検算と最終判断はこちらで。」が、そのまま残る仕事の定義になります。ただし検算の中身が変わりました。足し算の照合ではなく、分子と分母の出所の照合です。95.7%は足し算としては正しい。壊れているのは意味のほうで、意味の検算は数字を二度打っても見つかりません。4拠点目を足して106%を見る、内部取引の消去額を精算表で見る、という別の数字を持ってくる動作が要ります。
二つめは、引き継いだ数字の出所確認です。 AIが検算しなかったのは、材料に仕込んだ「前期表の約96%」だけでした。3本の出力を並べると、材料が揃った通常のケースが最も断定的で、単位も前期表も無い資料不足のケースが最も慎重で、分母の論点を自分から挙げたのは後者だけです——【推察】ですが、この3本に限れば、材料が揃うほど出力は強気になっています。人が引き継ぎで同じことをするかは、この実験では測っていません。だから「前年の選定理由書のカバレッジ数字は、分子・分母それぞれ消去前か消去後か」という問いを、期初の工程の先頭に1回置く。これは今までなかった仕事です。
三つめは、状態の管理です。 AIは監査人協議の前に「十分である」と書いた理由書を出しました。案と確定の区別は、文書の見た目からは生まれません。判定列の「(案)」、表題の「協議前ドラフト」、承認をもって確定する旨の1行——器に状態を彫り込む作業が要ります。実験で出た表は、協議前のドラフトなのに確定文書の顔をしていました。
四つめは、記録です。 実施基準は評価範囲の「決定方法及び根拠等を適切に記録しなければならない」と義務で書いています。分母をどの方法で取ったか、なぜこの拠点を個別追加し、何が確認できたら外すのか、監査人と何を協議したか。AIに下書きさせるなら、プロンプト・出力・実行日・モデルの記録もここに加わります。選定の計算は機械に移っても、「なぜこの範囲で足りるか」の説明責任は経営者側に残り、選定理由書は評価調書の先頭に固定される——モデルの版が変わっても、ここは変わりません。
差引きでいえば、表を作る作業が減り、表を疑う作業と、状態と根拠を記録する作業が増えました(どちらも所要時間は測っていません)。協議の位置も変わります。実施基準は、評価範囲の決定前後に必要に応じて監査人と協議しておくことが適切とし、うち計画段階の協議は「経営者が評価範囲を決定するまでに実施することが適切」と書いています。決定は経営者が行い、協議は監査人の指導的機能の一環——そこに線が引かれています(Ⅱ.2(3))。材料が早く揃うぶん、この協議を前倒しして中身のあるものにできます。
AIに任せる工程/人が判断する工程
| 工程 | 任せる/判断する | AI利用時の統制 |
|---|---|---|
| 円換算・単位統一・順位表 | AIに任せる | レートは連結方針の実レートに差し替え、計算過程を残させる |
| 選定表・理由書・協議事項の叩き台の下書き | AIに任せる | 全行「(案)」・版管理・実行日とプロンプトの保存。網羅の責任と、前期表の数字の出所確認は人 |
| 分母の方法の選択(消去前か連結ベースか) | 人が判断する | 理由書の冒頭に宣言を1行 |
| 僅少の線引き・質的重要性(シェアードサービス等) | 人が判断する | 量的基準だけで落とした拠点の一覧を残す |
| 個別追加の継続と出口条件 | 人が判断する | 「外すために確認すること」を理由欄に明記 |
| 未定の組織再編の織り込み可否 | 人が判断する | 再協議のトリガーと起票者を決める |
| 監査人との協議・CFO承認 | 人(経営者側)が行う | 協議記録を選定理由書に添付 |
| 財務データを外部AIに渡す判断 | 人が判断する | 未公表数値の守秘・利用規約の確認 |
⚠️ この結果を、こう読まないでほしい
- 「AIが選定表を作れた」=「評価範囲の決定が統制されている」ではありません。 出たのは器で、決定方法と根拠の記録・協議・承認はその外にあります。
- 95.7%と72.6%は「どちらが得か」の話ではありません。 同じ3拠点で、違うのは測り方の宣言だけです。本稿は評価範囲を狭くする技術の話ではなく、広くする話でもありません。扱ったのは「どう説明し、どう記録するか」です。
- 「おおむね3分の2」を満たせば終わり、ではありません。 2023年4月改訂の意見書は、前文で、これを機械的に適用すべきでない旨を記載したと述べています。逆に、前年度の評価結果が有効な場合等に一定割合を相当程度下回り得ることも同じ(注2)にあります。比率の充足は質的検討の代わりになりません。
- 95.7%・72.6%・106%は合成データの計算結果です。 自社の目安にしないでください。
【私の提案】
対象:連結子会社を持つ上場会社・上場準備会社の内部統制担当とCFO。下書きをAIに任せ始めるなら、順番はこの通りに。
- 翌日:前期の選定理由書のカバレッジ数字について、分子と分母それぞれが内部取引の消去前か消去後かを確かめる。言えなければ当期の最初の論点(担当→経理部長)。
- 7日以内:当期の選定案を作る(AI下書き可)。判定列は全行「(案)」、表題に「監査人協議前ドラフト」、分母の方法の宣言を理由書冒頭に1行(担当作成・経理部長査閲)。
- 14日以内:個別追加拠点ごとに「外すために確認すること」を1行ずつ書き、計画協議に協議事項として持ち込む(計画段階の協議は評価範囲の決定までに)。
- 30日以内:CFO承認。承認済みの理由書を評価調書の先頭に固定し、決定方法・根拠・協議記録の3点で保存。AI利用時はプロンプト・出力・実行日・モデル名も付属記録に(承認者:CFO。成果物:分母宣言つき選定理由書)。
経営に効く一節
経営が引き受けているリスクは、比率が低いことではなく、比率の意味が誰にも点検されないまま決裁を通ることです——この合成事例では、同じ3拠点・同じ88,300百万円が、分母を消去後の連結売上高(92,300百万円)に取れば95.7%、消去前の12社単純合算(121,628百万円)に取れば72.6%になりました。どちらも足し算は正しく、違うのは測り方の宣言が書いてあるかどうかだけです。今回の実験で、AIは新しく渡した数字の異常——桁のズレ、通貨2種——は3つとも見つけ、前期の紙から引き継いだ比率1つだけを検算しませんでした。だからCFOが問うのは1つで足ります。「この理由書の比率、分母の宣言はどこに書いてある?」——冒頭にその1行があるかどうか。無ければ、決裁で見ているのは前任者の表の続きです。
今日の一歩
合成5社の売上高でAIに選定案を作らせ、出てきた比率に「なぜその比率で足りるのか。分母は消去前か連結ベースか」と問い返す。答えが実施基準の原文(注2)に当たっているかを見る。15分で、器と根拠の距離が測れます。
次に必要になる仕組み
評価範囲の選定から評価調書・報告書まで、この検算と記録の型を最初から仕組みに組み込む——内部統制の体制をこれから作る段階で決めておける事柄です。
参照した資料と、確認できていないこと
参照した資料
- 出典:企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに……実施基準の改訂について(意見書)」2023年4月7日(金融庁サイトPDF)。→ 分かること:①記録義務「決定方法及び根拠等を適切に記録しなければならない」(Ⅱ.2(2))。②重要な事業拠点の選定(注2)——「一律に示すことは困難」、「おおむね3分の2程度」の例示、「連結ベースの売上高に対する一定割合ではなく、内部取引の連結消去前の売上高等に対する一定割合とする方法も考えられる」、前年度有効等の場合に一定割合を相当程度下回り得ること。③下期の買収等の除外と評価範囲の限定。④監査人との協議(Ⅱ.2(3))——決定前後に必要に応じて実施、計画段階の協議は決定までに、決定は経営者、協議は指導的機能の一環。⑤前文の「段階的な削除を含む取扱い」の検討予告。
⚠️ 語の帰属(本文「前提」に同旨):「機械的に適用すべきでない」が実施基準の注記本体で使われているのは、僅少拠点の95%・業務プロセスのおおむね5%・IT統制の評価頻度の年数の3か所で、「おおむね3分の2」に直接付いているのは前文のほうです。
- 出典:内部統制府令(平成19年内閣府令第62号)1条1項・5項(e-Gov法令API)。→ 分かること:府令に定めのない事項は一般に公正妥当と認められる評価の基準に従うこと(1項)。府令が名指しするのは企業会計審議会の「評価及び監査に関する基準」であり、実施基準は名指しされていないこと(5項)。
- 材料:合成の財務数値一覧12社・前期選定表・依頼メール・プロンプト3本・AI出力3本(_materials/ep53に原文のまま保存)。→ 分かること:本文の数値はすべてこれらのファイルから再計算して一致を確認した、合成データの計算結果である。
確認できていないこと
- 2023年4月7日改訂の後の基準・実施基準の再改訂の有無、意見書が予告した例示の「段階的な削除」の検討状況は確認していない(執筆2026年8月27日)。刊行時点の最新の基準は必ず原文で確認してほしい。
- 実在の各社が評価範囲の選定をどう行っているかの分布(本稿はEDINET実測を使っていない)。
- 在外子会社の円換算レートの実務(各社の連結会計方針に依存。4.2円・152円は合成事例の仮定)。
- 監査人側が「協議事項」の列挙をどう受け止めるか(本稿の実験は経営者側の工程のみを扱った)。
- この壊れ方が他のモデル・他の材料でも出るか。本稿は出題者と解答者が同一のAIで、出力3本・1セッション。壊れ方の観察には使えるが、精度水準の証明にはならない。
公認会計士(登録番号22698)。日本暗号資産取引業協会(JVCEA)の設立時から関与し、新規暗号資産・交換業者の審査、統一経理基準および財務健全性指数の策定に携わった(いずれも当時)。本稿で用いるのは公表資料と、本文に明示した合成事例のみ。